『河童井戸』

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 小学三年から四年の間、僕は母の実家で生活をしていた。そこは、大きな都市から少し外れた住宅地。高層のマンションが並びつつも、住宅以外何もない田舎だった。二十年以上前から荒廃の一途を辿る団地。そこは、当時既に過疎状態で、祖父の部屋の棟も三割くらいは無人で、残りの五割くらいは、老夫婦の住む部屋だった。  部屋そのものは、四人家族にちょうどいいくらいのサイズで、夫婦二人では持て余すくらいの広さ。母は、そこへ僕を置いて都会へ働きに出ていた。  祖父も祖母も、僕の事を可愛がってくれた。でも僕は、それに応える事が出来ず挨拶すらも真面目にしない子供のまま過ごした。無口なよそ者。当然の事ながら、人数の少ない学校の中で、格好のイジメの的になった。  その日も、肝試しと称して森の中へ無理やり連れて行かれた。  色付いた森の木は、そう高くない。でも密度は濃くて、昼でも薄暗い。苔の水っぽい臭いが漂う森の真ん中にそれはあった。今にも崩れそうな石積みの井戸。髪の長い女の幽霊でも嫌がりそうなくらい崩壊が進み、霊的な怖さよりも物理的に危険、といった井戸だった。  そこは、河童井戸と呼ばれていて、河童の霊が出ると噂されている。実際、僕を連行して来た連中の何人かは、ここで、それらしき物を目撃したと興奮して自慢していた。  彼らは、よそ者の僕を生贄に選んだ。周囲を囲んで、じわりじわりと井戸へ追い込んでくる。僕は、恐怖より諦めを感じ、進んで井戸へ向かった。下を見る。井戸の底は暗い。僕の無表情な顔を映す水面は無いようだ。下が石なら楽に死ねるか。そう思いながら、頭から落ちた。
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