12人が本棚に入れています
本棚に追加
/173ページ
スタート位置にあるハンドルを握ると、膝を抱え込み、足の裏を壁につけ、背泳ぎのスタートの姿勢をとる。
全身のバネが、スタートダッシュの瞬間を、今か今かと待っている。
美咲自身も、壁を蹴るタイミングを集中して待つ。
集中、集中、集中……同時に、リラックス、リラックス、リラックス……
自分の心音に意識を向ける。
トクン、トクン、トクン……鼓動はリラックスしている。
その時、また音が聞こえた。
何の音かは分からないが、確かに聞こえた。
聞いた事の無い音だった。
イヤホンからの音楽の音漏れ、とも少し違う。
何かの音楽、いや、もっと複雑な……
ノイズの様な……
こんな事なら、iDは予選が終わってから入れればよかったと、少し後悔した。
まったくついていない。
その時、世界がスローモーションになる様な、歪むような、違和感を感じた。
一番近いのは、何の感覚だろうと思った。
そうだ、これは知っている。
デジャヴュである。
ゾーンとか、そう言うのかな? 泳ぐ前から、興奮でハイなのかな?
そんな事を内心思うが、すぐに気持ちを切り替える。
パンッ!
スタートを知らせる銃声が”ゆっくり”と、会場に鳴り響いた。
美咲の懐いた不安とは裏腹に、その身体は完璧なタイミングでスタートを切った。
最初のコメントを投稿しよう!