プロローグ ケダモノ

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ゴフゥ、ゴフゥ、と。 ケダモノの荒々しい息遣いが、すぐ側で聞こえる。 手足はまるで他人の物のようだ。ただ歩くだけでもうまくいかず、ぎこちなく四肢をバタつかせているだけで殆ど前に進まない。 挙句、無様にもよろついて、泥の中に顔面から突っ込んでしまった。 昨夜の雨のせいで、足元はぬかるみ水溜りだらけだ。そんな地面をのたうちまわれば、あっという間に身体中がびしょ濡れの泥塗れになる。 思わず舌打ちをしようとしたが、それすらもままならない。 顔を手で拭おうとしたが、やはりうまくいかずまた地面に突っ伏す羽目になった。 『あ゛、あ゛、あ゛あ゛お゛』 情けなさに呻く。 聞き慣れた自分の声では無い。まるで野獣の咆哮のような音が、自らの喉から溢れ出る。 今の声は、自分の声なのか。 「……見つけたぜ、化け物」 びしゃっという湿った足音と共に、低い男の声がした。 そちらに視線を向けると、そこにはよく知った――だが、大嫌いな人物の姿がある。 剣を携えたその赤毛の男は、鳶色の鋭い目でこちらを睨みつけていた。 「……薄汚ねぇ、化け物め。よくも、あいつを……フェリクスを殺しやがったな。楽には死なせねぇからな。生きたまま生皮を剥いで、絨毯を作ってやる。毎日、毎日、踏み付けてやるからな、クソケダモノ野郎」
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