まがいものにも福はあり

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振替休日の月曜、せっかくの三連休なんだから旅行にでも行けば良かったんだ。どこか遠くに。 仕事でもないのに、六本木まで出てきてしまったのが悪かったんだろうか。代償のように、休日のオフィスに入る。 空っぽのオフィスに行くのは、慣れている。何度となくそこで共に過ごした人は、まだ近くにいるだろう。木枯らしも一休みして澄み渡った空の下、何の憂いもない顔で、妻と娘に手を取られて。 「おう、どうした。休日出勤……って、急ぎの仕事なかったよな」 大きなディスプレイに隠れるようにして仕事をしていた同僚は、小首を傾げながら顔を上げる。一瞬だけ真顔になると、またディスプレイに頭が隠れた。指先だけ飛び出て、私を呼ぶ。 「暇なら手伝え」 「暇じゃないわ」 「暇だから来たんだろ」 無視して自分のデスクに向かおうとして、ピンヒールを薄い絨毯に押し付ける。 同僚の言うとおり、用事はない。用事なんてなくても、何度も休日のオフィスに来た。仕事をしているふりを続ける私に、あの人が触れてくるのを待つために。 使われていないかのように整理された自分のデスクに座る気にはなれず、踵を返して同僚の元に向かう。 ここのデスクはカオスだ。大きなデュアルディスプレイを守る砦のように書物が積み重ねられ、周囲の人間は震度1でも戦々恐々としている。 いや、していたはずだ。 先ほどディスプレイの背面が見えていた違和感に気づき、デスクに近づいてみれば、砦の大部分は、足元に広げられたダンボールに移されていた。
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