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もう1度、おそるおそる教室の中をのぞきこむ。
ちょうど奥山の、奥山らしくない笑顔が消えて行くところだった。
見ているこっちがくすぐったくなるような微笑みがゆっくりと、甘さをほんの少し引きずるように形を変えていく。
じわじわと、切なげに寄せられた眉の下。
何かを耐えるように揺れる瞳は、いまだにサイダーのボトルに向けられたまま。
静かな教室に、奥山の密やかなため息が落ちる。
それはここまで届き、俺の心を余計にかき乱した。
奥山が、飲みかけのペットボトルを抱きしめるようにして机に突っ伏した。
見ているだけで、痛みに似た何かが伝染してくるようだ。
そのらしくない姿に、俺はずるずるとその場にうずくまる。
「なんで……」
なんで、奥山がそんな顔するんだよ。
なんでそんな思いつめたような息を吐くんだよ。
いつも大口開けてゲラゲラ笑っているか、俺を口うるさく叱るか、足癖悪く蹴ってくるかで、俺の前でそんなしおらしい姿見せたことなんてないくせに。
俺の前で“女らしさ”なんて欠片も見せたことないくせに。
恥じらうみたいな笑顔も、切なさいっぱいの溜息も、それはどちらも俺がやった飲みかけのサイダーに向けられているように感じたのは気のせいか?
「そんなわけない。そんなわけ……」
だんだん、音が大きくなっていく。
シュワシュワシュワシュワ。
それは俺が飲んだサイダーの、細やかな炭酸が弾ける音。
透明で、次々に生まれる、爽やかで強烈な刺激をくれる、あの。
俺の中で音がする。
何かが始まる、そんな予感をふくんだ音がする。
お前の恋は、まだか。
END
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