第2章

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「お願いします」  不意にウエイターがテーブル席の注文を持ってきて、篠は何事もなかったかのような態度でそれを作り始めた。  カルーア・ミルク、ジン・デージー、ストロベリー・フィールズ。篠の位置からはお客の顔ぶれを確認できないが、おそらく若い女性のグループだろう。見た目も鮮やかなそれらを作り終え、ウエイターに任せると、それを待っていたように一ノ瀬がテーブルの上に置いた何かを篠へと差し出した。 「何時でも構いません。お仕事が終わったら、ここに来ていただけませんか?」  それはホテルの部屋のカードキーだった。一ノ瀬の家のものではなく、この場所から程近いシティホテルのものだ。 「お酒、美味しかったです。ご馳走様」  一ノ瀬は篠の返事も待たずに席を立つと、キャッシャーへと向かっていった。  その日は早番だった篠の勤務が終了したのは深夜の二時だった。一ノ瀬が指定したホテルは、篠が勤める店から歩いて十分程の場所にある。深夜の為、極力照明を控えたロビーを抜けて、エレベーターで目的の階まで上がる。重厚感のあるカーペットが敷かれた廊下は静まり返っていた。  一ノ瀬に渡されたキーを使って部屋に入る。篠が今この瞬間に扉を開けることを知っていたみたいに、一ノ瀬は部屋の中央、ベッドの手前に佇んで扉を開けた篠を見つめていた。 ジャケットを脱ぎ、ネク タイを解いている、という以外は篠がさっき店で見たままだった。  篠は遠慮なしにモノトーンでまとめられた室内を進み、一ノ瀬の前に立った。 「で、なんの用?」  ひとたび制服を脱ぐと、篠の口調はすっかり元の乱雑なものに変わる。軽く後ろに流すスタイルで整えられた髪だけが先程の名残だ。 「……お疲れ様です」  篠に気圧されるように一ノ瀬は声を発した。 「明日新台入替なんだけどなあ」  わざとらしく篠がぼやくと、「それは、すみません」と一ノ瀬は謝った。 「あなたと、話がしたくて」 「話? なんの」  訊ねる篠の口調はどこか小馬鹿にしたような色が含まれていた。一ノ瀬は何から言っていいのかわからないというように、口を開いては閉じる、を繰り返した。 「あー、もう面倒くせぇな」  篠はガリガリと頭を掻くと、一ノ瀬の体を背後のベッドに突き飛ばした。その体に乗り上げ、あの夜のように真上から見下ろす。
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