第1章

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 平日の昼下がりを少し過ぎた頃。駅裏の寂れたパチンコ屋は人もまばらだ。数年前は幾分活気があったこの店も、駅のまん前に大手チェーンの対抗店舗ができてからは風前の灯火だった。  篠がくわえ煙草で打ち始めてから二時間と少しが経つ。出だしに単発当たりがポツポツ来て以来、成果はさっぱりだ。そろそろ見切りをつけて台を替えるかと思った矢先、隣に客が座った。ちらりと隣のデータカウンターを見遣った篠は内心苦笑する。篠が打っていた二時間の間にも、三人程がそこに座ったがまったく出ず、すぐに席を立った。完全なハマリ台だ。この男も今までの客と同様に、間を置かず台を離れるだろう。  男は台を見つめてしばらくじっとしていた。打ち始めるでもなく、カウンターの履歴を見るでもなく、ただ台を凝視している。篠が不審に思ってさり気なく様子を窺っていると、ようやく男はスーツの内ポケットから財布を取り出し万札を抜いた。 ああ、もしかして初心者か。そう思い至り、篠はそこで初めてパチンコ台やカウンターではなく、隣の男の横顔をちゃんと見た。 思わず目を見開いた。二十代後半くらいだろう。芸能人かと見紛う程の整った容姿。着ているスーツの仕立てがよさそうなのもそうだが、一目で育ちがいいのがわかる。スーツ姿の客というのは珍しくもなかったが、この男はそれらとはまったく雰囲気が違った。そもそも今日は平日だ。この時間にこんな場所にいる時点で、普通のサラリーマンではない。  万札を投入口に差し込み、男はやっと打ち始める。自分の台でリーチが掛かり、篠は視線を前に戻した。しかし呆気なく外れて舌打ちする。すると篠が外れるのを待っていたかのように隣の台から『リーチ!』の声が聞こえた。まさかな。篠は心の中で呟く。しかし、そのまさかだった。男が座って三分も経たないうちに、派手な大当たり演出が開始される。今の今まで散々他の客から巻き上げられた球が、どんどん男のドル箱へと注がれていく。
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