第2章

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「また会ってもらえませんか?」  行為のあと、一ノ瀬は篠にそう切り出した。不安そうでいて、それでもやけに真剣な表情に、篠は「気が向いたらな」と軽く返した。  篠は正直、恋愛ごとに興味はない。けれど、ただ快楽を貪り合う行為は無性にしたくなる。そんな時は後腐れのない大人の遊びができる人間を選んで関係を持った。誘ってきた店の客と寝たこともある。しかしちゃんと選んだつもりでも、大抵の人間は厄介な感情を持ち出してくる。だから篠は選ぶ相手を年配の男に限定した。ある程度の地位や権力、妻子があれば尚のこといい。それらはすべて彼らを脅す材料になる。自らの性癖を隠したまま家庭を作り、家族に隠れて男を漁る。そういう男は相手にするには打って付けだった。もしも相手が体以上を求めてきたら、篠は即終了を告げる。もちろん相手は追い縋ってくるが、家庭や会社をちらつかせれば、皆ピタリと口を噤む。苦労して築いた地位や名誉は捨てるには惜しいらしい。中にはねだらずとも口止め金を手渡してくる男もいた。 相手をばっさり切り捨てる作業も、篠にとっては堪らない『遊び』だった。一ノ瀬は年齢的には若過ぎるが、地位も財力も既に申し分ない程手にしている。 ――さて、どんなゲームになるやら。篠はほくそ笑んだ。  一ノ瀬は週に一、二度店に訪れては篠を誘うようになった。篠が誘いに応じ、殆ど朝に近い夜を 共に過ごしても、多忙な一ノ瀬は大抵翌日の早い時刻から仕事で、一緒にいるのはせいぜい四、五時間程の短い時間だ。 「お前さ、前から思ってたけど、その年でウイスキーって渋すぎねえ?」  一ノ瀬は行為のあと、シャワーを浴びて、部屋に備え付けの洋酒を手に戻ってきた。時計の針は午前四時をとっくに過ぎていて、夜よりも朝と呼んだ方が正しい。一ノ瀬が用意するホテルの部屋は、いつもツインだったが、片方のベッドは毎回使われないまま朝になる。 「父がオン・ザ・ロックで一杯やってる姿が幼心に格好よく見えて、酒といえばこれ、みたいなイメージがあったもので」  ベッドの上で行儀悪く煙草をふかしていた篠は、「一口くれ」と手を伸ばす。
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