第2章

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「篠さんのも作りましょうか?」 「いや、いい。一口だけ欲しい」  一ノ瀬から手渡されたグラスに口をつける。口の中に広がる豊かな甘さは、舌先をぴりっと刺激したあと、喉もとをするりと落ちていく。酒をロックで飲むなら、篠は断然焼酎派だ。けれど一ノ瀬が飲んでいると、普段は好まないそれもとても美味しそうに見えた。口内や喉の奥がじんわりと熱を持つ感覚を味わい、グラスを返した。  一ノ瀬がグラスを傾ける度に氷が小気味よい音を立てる。自分の吐き出した煙が、天井へ上っていくのを篠が見つめていると、隣に座った一ノ瀬が口を開いた。 「篠さんは……誰とでもこういうことをするんですか?」  その質問が、篠に対して失礼なものだと感じたのか、一ノ瀬の声は遠慮がちだった。 「そんな訳ないじゃん。俺だって相手は選ぶって。面倒なのはごめんだし、最低限の好みだってあるし」  まあその範囲に入ってりゃ誰でもいいけど、と付け足すと一ノ瀬は複雑そうな表情を浮かべる。しかし短い息を一つ吐き出すと、少しだけ嬉しそうな顔をした。 「なにその顔」  怪訝に思い篠が訊ねる。 「篠さんの合格ラインに達していてよかったな、と思いまして」 これは随分と 気に入られてしまったものだ、と篠は苦笑する。 「そうだなぁ、欲を言えばもうちょっとテクありゃな」  篠はニヤついた顔で一ノ瀬に視線を送った。 「……それは傷つきます」  神妙な顔で答えた男を、篠は笑い飛ばす。 「つーか金持っててイケメンっつったら入れ喰い状態だろ。遊び回らなかったのか?」  下手ではないが慣れていない。それが一ノ瀬とのセックスで篠が感じた印象だ。「入れ 喰いって……、篠さんはお店にいる時と同一人物とは思えないです。俺は最初にお店に会いにいった時、本当に別人かと……」 「ほっとけ、こっちが地だ」  篠はムッとして、一ノ瀬に向かって煙を吹きつけた。 「でもほんと、遊び盛りの学生時代ももう終わりだってのに勿体ねえな」  一ノ瀬は誰もが振り返るような超美形だ。本人がどう思っていようが、周囲が放ってはおかないのではないかと篠は思う。 「自分としては部活動で充実した学校生活を送っていたつもりだったんですが。大学に入ってからは家のこともありましたし、あまり遊ぶ時間はなかったですね」
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