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「たまにはちゃんと体休めれば? こんな無理して通いつめなくても」
「いいえ。これを楽しみに頑張ってますから」
曇りのない笑顔で一ノ瀬はそう言う。
「そんなに好きか? ……セックスが」
最後の一言は取ってつけたようになった。一ノ瀬は曖昧に笑ってそれには答えなかった。 先程と同じ疼痛が篠の胸に広がる。どうしてか切ない気持ちになって、篠はベッドから立ち上った。胸のうちに湧いた気持ちをどこかに追いやるように、篠はわざとにんまりと妖しい笑顔を作って一ノ瀬を振り返った。
「なあ、すげえ気持ちいいことしてやろっか?」
篠の笑顔に怯えた一ノ瀬を、篠は強引に腕を引いて立たせる。
「……なんですか?」
恐々と訊ねる一ノ瀬の質問には答えないままで、篠は一ノ瀬を連れてバスルームに向かった。戸惑う一ノ瀬の衣服をすべて剥ぎ取り、浴室に押し込む。
「あれ、俺だけ脱ぐんですか?」
服を着たままバスルームに入ってきた篠に一ノ瀬は不安そうな顔をした。篠は「いいから」と答えてバスタブにお湯を溜め始める。 篠はロンTの袖を捲くり、ジーンズの裾を折ってから、まだ殆どお湯のない浴槽に一ノ瀬を浸からせた。バスルームは白を基調にし た広々とした作りだ。バスタブも充分な奥行きがある。篠はバスタブの淵に持ち込んだタオルを敷くと、そこに首を預けるよう一ノ瀬に指示した。戸惑いながらも従う一ノ瀬に、「目ぇつぶってろ」と言い置くと、篠はシャワーのお湯を調節して一ノ瀬の髪を洗い始めた。充分にお湯ですすぎ、備え付けのシャンプーをつけて丹念に洗っていく。
「篠さん」
「ん?」
「なんだかすごく慣れてませんか?」
「当たり前。俺昔美容師やってたし。つっても見習いに毛が生えたようなもんだったから毎日毎日シャンプーざんまい」 一体何が始まるのかと強ばっていた一 ノ瀬の体が、安心したように少しずつ解れていく。
「でもまあそのお陰でシャンプーには自信あるし。気持ちよさのあまり次々に客を眠らせるって評判のテクニシャンだぜ?」
どうだ、とばかりに篠が顔を覗き込むと、一ノ瀬は笑った。
「痒いところはございませんか?」
わざとらしい口調で問い掛けると、一ノ瀬は更に笑う。篠は指を滑らせ、しっかりと頭や首筋をマッサージしていく。
「天国です」
目を閉じて、穏やかに笑う一ノ瀬を見ていると、篠も自然と笑顔になっていた。
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