第2章

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 何かしてやりたい。一ノ瀬を見ていると、篠はそんな風に思ったのだ。なんでもいいから、一ノ瀬を喜ばせたい。  これは罪滅ぼしだろうか。篠の気まぐれで、知らなくていいことを知る破目になってしまったことへの。感じる筈はないと思っていた罪の意識を自分の中に見つけて、居心地が悪くなったのかもしれない。  泡を流し、コンディショナーをつけてすすぎ終えると、一ノ瀬は起き上がり、バスタブの淵に腕を載せて篠を見た。 「ありがとうございます。とっても気持ちよかったです」 「……そりゃよかった」  面と向かって礼を言われると、気恥ずかしい気分になる。 「少しだけでも。まだ知らなかった篠さんを知れて嬉しいです」  一ノ瀬は口にするのを躊躇う素振りを見せて、それでもしっかりと篠の目を見つめてそう言った。 「……そーかよ」  ぶっきら棒に答えると一ノ瀬はまた笑った。 「篠さん、キスしてもいいですか?」  浴槽に溜まってきたお湯が音を立てる。篠が返事をする前に唇は塞がれた。そっと合わせ、啄ばんで、くすぐるように舌先が触れる。 「お前上手くなったよな」  唇が離れたあと、篠は思わず呟いていた。 「キスですか?」 篠が頷くと一ノ瀬は 嬉しそうな顔をする。あまりに幸せそうに笑うから、むず痒いような気分になって「キスだけな」と付け足した。  一ノ瀬は篠に体以外は何も求めない。困らせるような言葉も口にしない。だけどこんな風に篠の何気ない一言で、馬鹿みたいに嬉しそうな顔をして篠を困らせる。発しない言葉の代わりに、綺麗な色をした瞳はよく喋る。  際限なくキスをしてくる一ノ瀬から逃げるように、篠は「ゆっくり温まってこい」と言い残してバスルームを先に出た。浴槽に浸かっていた一ノ瀬ではなく、篠の方が逆上せてしまいそうだった。
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