第2章

14/18
前へ
/107ページ
次へ
 本音を見透かされているような居た堪れなさに篠が動揺しているうちに、一ノ瀬は篠の手を引いてベ ッドに入る。篠は衣服を着たまま、一ノ瀬はバスローブを脱いだ下着姿で布団を被った。初めは向き合った状態だったが、篠は落ち着かなくて一ノ瀬に背を向けた。だけどベッドから出ようとは思わなかった。「初めて会った夜、篠さん俺に訊きましたよね? セックスは好きかって」  篠の背中に一ノ瀬が問い掛ける。あの夜篠が本当は酔っていなかったことは、一ノ瀬はとっくに承知の上だろう。篠は酒にはかなり強く、あれくらいの酒量では酔ったりできない。あの時の篠の質問に、一ノ瀬は『普通』と答えた筈だ。 「俺ね、本当はどちらかといえば嫌いだっ たんです。情欲に溺れている様を人に見せるのにどうしても抵抗があったからか、特別いいものだとも思ったことがなくて」 「嘘つけ、いつもノリノリじゃねえか」  からかうように言うと、一ノ瀬は「ふふ」と笑った。 「変わったのは篠さんの影響ですよ」  衣擦れの音がして、篠の背が温かいものに包まれる。その感触に篠は息を詰めた。「人肌が気持ちいいってことも、他人の……篠さんの体温が、こんなに心地いいってことも知っ て……」  既に半分夢の中にいるのか、一ノ瀬の言葉は段々と覚束なくなってきた。篠の胸に腕を回し、ぎゅっと引き寄せる。 「……幸せです」  それがその夜聞いた一ノ瀬の最後の言葉だった。一ノ瀬の腕の中で、ベッドランプの淡い光を見つめていた。こんな夜は初めてだ。男と一つベッドで行為に及ばないなんて。  直に伝わる一ノ瀬の体温は篠の中に安堵を広げ、それを覆う焦燥を生んだ。この感触にずっと触れていたい。そう思う自分に篠は動揺した。  背後から規則正しい寝息が聞こえる。篠はそっとその腕の中から抜け出した。しばらくの時間深く眠り込んだ端正な顔を眺めて、ベッドを下りた。
/107ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2048人が本棚に入れています
本棚に追加