第2章

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「それじゃ、そういうことだから」  そう言って踵を返した篠の背中に、一ノ瀬の声が投げつけられた。 「嫌です」  きっぱりした返答は、小さく篠を揺らした。  心のどこかに一ノ瀬の反応を喜んでいる自分がいる。篠はそんな自分を掻き消すように、深く長い息を吐いた。背後に向き直り、いかにも億劫そうな表情で一ノ瀬を見つめる。一ノ瀬はたじろがず、篠から視線を外さない。むしろ少し怒ったような一ノ瀬の雰囲気に、篠の方が僅かに目線を逸らした。 「お前頭いいんだからさ、ここらで切れといた方がいいってわかんだろ?」  言いながら篠はズボンのポケットからスマホを取り出す。画像フォルダをタッチして目当てのものを選び出すと、数歩一ノ瀬に近付き端末をかざした。 「頭脳明晰、眉目秀麗。将来を嘱望された自慢の息子が、男と寝てたなんて知ったら悲しむよ、親御さんは」  シーツの上に横たわる一ノ瀬の裸体。画面の中身を目にした一ノ瀬の眉がぴくりと動く。篠はそれを確認して、スマホをもとに戻した。 「安心しな。お前がイイ子にしてたら、これをどうこうしたりしないから」  篠は意識して妖艶に微笑んでから、再度男に背を向けた。 「……っ」  扉に向か って歩きだそうとした篠の腕を一ノ瀬が捕える。「おい、ちょっと」 「嫌です」  振り向くと、そこには先程と変わらないままの一ノ瀬の顔があった。譲る気はない、と綺麗な色の瞳が強い意思を伝えてくる。 「は? 何言ってんの? 見られてもいいのかよ、あの画像」  篠は一ノ瀬の手を振り解こうとしたが、その指は篠の手首に食い込んだまま離れない。 「好きにすればいい」  紡がれた言葉に篠は目を見開いた。 「なんだったら、もっと一目瞭然の画像を今から用意しますか?」 「っ!」  強い力が篠の腕を引く。そのまますぐ傍のベッドへと押し倒された篠の体が跳ね、体勢を整える前に、一ノ瀬がその上へと覆い被さってきた。
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