第1章

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 自分の台がてんで来ないのもあり、篠は煙草の煙を勢いよく吐き出して、再び聞こえよがしの舌打ちをした。男のドル箱はすぐにいっぱいになり、連チャンが止まる気配もない。すると男は突然オロオロと辺りを見回した。今にも球が溢れ出しそうなドル箱をどうすればいいのかわからないようだった。挙句男はラウンド中だというのに、あろうことかハンドルから手を離す。篠は流石に見かねて、手を伸ばして男の台の上にある呼び出しボタンを殴るように押した。男はぽかんと篠を見る。 「あのさ、手ぇ離さない方がよくない?」  篠は自分の台に視線を戻し、煙を吐き出すついでにそう言った。 「え、ああ……」  まだ混乱の渦中にいるらしい男が思い出したように自分の台を見る。速やかにやってきた店員が、男のドル箱を新しい物に交換した。上皿でひしめき合っていた球が、ぶつかり合いながら流れていく。 「すみません、助かりました」  今度は手を離さないまま、男が声を掛けてきた。混雑時は各々の台から聞こえるBGMや効果音、球のぶつかる音で会話するのも一苦労だったが、がら空きの店内では男の声は篠の耳に容易に届いた。 「お兄さんパチンコ初めて?」  篠が訊ねると男 は照れたように笑った。その顔は少し幼く見える。 「初心者丸出しですよね、恥ずかしいです」  男は見た目通りに、どことなく品のある柔らかい口調だった。話をしている間にも絶え間なく男の持ち球は増えていく。 「でも、びっくりしました。ビギナーズラックなんて聞いたことはありましたけど、こんなに出るものなんですね」  それはさっきから少しも当たらない自分への嫌味かと言ってやりたくなったが、男のセリフは言葉通りで他意はなさそうだ。 「ビギナーズラックが、ラックのまま終わってりゃいいけど、それを経験しちまったばかりにあとで地獄を見た奴は何万といる。あんたも気を付けな」  皮肉半分で篠が忠告すると、男は「どういう意味ですか?」と訊ねてきた。
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