第2章

18/18
2037人が本棚に入れています
本棚に追加
/107ページ
「おい」  呼び掛けると、一ノ瀬はスーツの内ポケットに手を差し入れた。取り出した物を篠は凝視する。 「いくらですか?」 「は?」 「篠さん はいくら必要なんですか?」  財布を取り出した一ノ瀬は、躊躇いなく札をすべて抜き取り篠の顔の横へと置いた。 「手持ちはこれしかありませんけど」  篠は緩慢な仕草で置かれた札の塊を見遣り、そして一ノ瀬に向き直った。 「いくら渡せば満足してくれますか? 会うたびにお金を支払えば、このまま関係を続けてくれますか?」  悲しそうでもないし、懇願する様子もない。一ノ瀬は真剣な表情で問い掛ける。篠はそれが怖かった。何を言っても引き下がらない。揺るがない。篠がイエスと答えるまで決して折れないという強固な意思が見てとれた。 「お前頭おかしいんじゃねえの?」  戸惑う篠の声は少し掠れた。 「そうかもしれません。だけど俺をおかしくしたのは、きっと篠さんですよ」 篠はそのセリフにぎくりと体を強ばらせた。身じろがない篠に一ノ瀬は顔を寄せる。 「んっ、ぅ」  噛み付くような口付けに呻いても、一ノ瀬はその行為をやめない。口内を蹂躙され、混じり合った二人分の唾液を散々飲まされてようやく解放された。 「あなたが俺と会ってくれるなら、なんでもいいです。気まぐれでも、体だけでも、お金が目的でも。篠さんの傍にいれるなら都合のいい男でいい」 今まで篠に向けていた柔らかさや甘さを削ぎ落としたような眼差しを向け、馬鹿な言葉を口にする。真剣な顔をした一ノ瀬は、まるで知らない男のようだった。  ずっと、自分が優位に立っていると思っていた。篠の手のひらの上で無様に転がされる一ノ瀬。その立場が変化していることに、篠は怯えのような感情を抱いた。
/107ページ

最初のコメントを投稿しよう!