第1章

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「確率の問題っつっても商売だ。客が損するようにできてなきゃ成り立たない。確かに今のあんたみたいに得する人間もいるけど、損する人間の方が絶対的に多い」  男は興味深げに、篠の話に耳を傾ける。 「統計と戦略。どうやって勝つかよりも、いかに損しないか。そういう冷静な見際めができる奴しか結局は儲からない。そんなのはほんの一握りだ」 「それはあなたみたいな人ですか?」  真顔で問われ、篠は思い切り顔をしかめた。 「まさか。そんなだったら今二万も負けてないっての」 答えると男は心底驚いたような顔をした。 「あなたは随分冷静で知性的な人に見えます」 男の目が、『どうして負けているのにやめないのか』と訊いていた。 「んー? そりゃ俺がとことん快楽には流されちゃうタイプだから」 「快楽、ですか?」  冗談めかして意味深に微笑むと、男は少しだけ頬を赤くした。 「知ってるかお兄さん。人間の脳みそってのは物事が百パー予定通りになることを嫌うんだってよ。逆に好むのは半分の確率の時」 言っていたのは店の客だったろうか? どこかの研究で出たという受け売りの知識を、篠はさも自分のもののように男に披露した。 「仕組まれた細かい確率なんて、麻痺った頭にゃ入っちゃいない。目の前にあるのは大当りが来るか来ないか、その二つだけだ」 その間も篠の持ち球はどんどん数を減らし、逆に男は三つ目のドル箱がいっぱいになる寸前だった。 「このまま打ち続ければ損する。だけどもしかしたら次で大当りが来るかもしれない。そんな状況は脳みそにとっちゃご馳走って訳だ」  男は感心した様子で篠の話を聞いている。 「大当たり が出た時さ、アドレナリンが出まくってんだってよ」  体中を何かが駆け巡るような興奮状態が一瞬にして訪れる。 「何十回負けても当たった時の高揚感が忘れられない。あの感覚が欲しくて欲しくて負け続けてもやめられない……ってまあそこまでいきゃあ立派に中毒だわな」 好奇心で手を出し深みにはまる。そこから抜け出そうとした時には既に二進も三進もいかなくなっている。まさに泥沼。お互いそうはなりたくないな、と自虐的に笑う篠を男はじっと見つめていた。  結局当たりが来ないまま篠の財布の中身は尽きた。未だ連チャン中の男に、「お先」と声を掛けて篠は席を立つ。 「あの、待ってください」 篠を呼び止めた男は意外な言葉を口にしたのだった。
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