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「俺、秋穂さんを面倒だなんて思ったこと、誓って一度もありませんよ。不器用で愛しいなって思ったことは数えきれないくらいありますけど」
耳の傍でそんな甘い言葉を吐かれて、ただでさえ熱い身体が、さらに熱を帯びる。それは密着した一ノ瀬にも伝わったのか、一ノ瀬は思い出したように身体を離した。
「ごめんなさい、秋穂さん。熱で身体つらいですよね。横になってください」
そっと身体を倒されて、篠は心もとない気分になる。
もっと一ノ瀬とくっついていたい。そんな気持ちが自然と一ノ瀬の腕を掴ませていた。
「今、めちゃくちゃキスしたいけど、俊馬に風邪移したくないから我慢する……」
そんなことを言いつつも、未練がましく腕をつかむ指先を離せないままだ。
じっと見上げると、一ノ瀬は苦渋の表情で唸った。
「そんなに可愛い顔で、こんなにたまらないことをされて、我慢しないといけないこの状況は拷問です」
一ノ瀬は腕を掴んでいる篠の指先をそっと手のひらで覆ったあと、「少しだけ」と顔を寄せた。形のいい唇は篠の額に触れてすぐに離れていった。
「帰国したら、一日だけ終日の休みを取ります」
篠を寝かしつけるように柔らかく髪を梳きながら一ノ瀬が話す。
「一緒に部屋を探しにいきましょう」
優しい手の感触に目を細めながら、篠は「ん」と小さく返事をした。
「そのあとは、時間の許す限り、秋穂さんを抱きます」
訪れ始めていた眠気が、低く囁かれた声に吹き飛ばされる。
「だから、俺が帰ってくるまでに、風邪治してくださいね」
少しだけ妖しい色が滲む笑顔に高鳴る鼓動を感じながら、篠は「わかった」と頷いたのだった。
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