番外編 その後の二人

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 目的の不動産会社に到着したのは、予約時間である十一時の少し前だった。  この二週間、電話やメッセージのやり取りで、互いの求める物件の条件を出し合った。一ノ瀬は同棲したいという意思を篠に伝えた時点からすでに、篠が引っ掛かるであろう家賃のことや、住む場所など、さまざまなことを想定して具体的に考えていたらしく、すり合わせは思いのほかスムーズに進んだ。  一ノ瀬は物件の相談以外にも、ネットでリサーチした目ぼしい物件の内見予約まで取り付けていて、篠が考えていたよりも早いスピードで進展していった。 「なんかもう、来月には一緒に住んでそうな勢いなんだけど」  三件の内見を終え、遅い昼食をとるために入ったフレンチレストランは、平日の中途半端な時間帯のせいか比較的空いていた。 「俺はそのつもりですよ。叶うなら今日からだって一緒に暮らしたいです」  テーブルの向こうからじっと見つめられ、篠は居たたまれなさをペリエを飲んで誤魔化した。 「っていうかさ、俺に合わせ過ぎじゃない? もうちょっとお前の意見優先した物件とかも見てから決めない?」  今日見学に行った物件はどれも、篠の職場から徒歩圏内だった。今一ノ瀬が住んでいるような近代的で洗練された造りではなく、古い建物をリノベーションしたビンテージ感のあるものばかりだった。どうして当の本人よりも好みを理解しているんだと驚くくらい、篠にはしっくりくる空間だった。 「俺は秋穂さんがいてくれるっていう最大の条件さえ満たされれば十分なので。極論を言ってしまえば、秋穂さんが快適に過ごせる部屋ならどこでも構いません」  憎まれ口をたたく余裕もなく、気恥ずかしさと嬉しさに動揺して黙り込む篠を、一ノ瀬は穏やかな笑顔で見つめていた。
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