第6章

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美術室の扉を控えめに開けると、ひんやりとした空気が顔にあたった。どうやらクーラーが効いているらしく、蒸し暑い廊下と比べると天国のような涼しさだ。 「東條さん、そんな所にいないで、早く入ってきなよ」 「あっ、し、失礼します」 間宮励は両手で抱えるくらい大きなキャンパスを部室の奥の棚にしまいながら、扉を開けてキョロキョロとしている私に声を掛けた。 「今日は部活休みだから、俺以外は誰もこないよ」 以前、人員不足で廃部寸前だった美術部には、二人ほど後輩が入部し、なんとか廃部は免れる事ができたらしく、部として活動を続けていると美術部の顧問から聞いた話を思い出す。 「あ、ぶ、部員が、ふ、増えて、よ、良かった、です、ね・・・・・・」 「うん。二人とも男子なんだけど、大人しくて真面目な感じだから、やり易いよ」 夏休み前に間宮励から美術部に入らないかと勧誘され、結局、断ってしまった事に少しだけ後ろめたさのようなものを感じていたが、彼の言葉にホッと安心する。 ーー絵の知識も何もない私が入るよりも、少しでも絵に興味を持って取り組む子の方が、間宮励も落ち着くのかも。 「自由に座って良いよ」と言われたので、窓際に置かれた椅子に腰を下ろす。 白のカーテンが してあるため、窓の外が見えないせいか、目のやり場に困り、自分の上履きに視線を落とした。 そもそも何の用事があって、私をここに呼んだのだろう。この場合、私の方から何か会話を持ち掛けた方が良いのか分からず頭を捻りはじめた時、「東條さんさー」と背後にある準備室から出てきた彼が声を掛けた。 肩をびくりと小さく揺らし、相手の方を振り向くと、近くに適当に置かれた椅子を私の目の前まで引っ張り、それに腰掛けたながら、ずいっと顔を近付けてきた。 「っ!」 ーーち、ちかっ・・・・・・! お互いの顔の距離は三十センチほど。予想外の近さに背筋がピンと張る。 端正な顔がじっと私を見詰める。その真っ直ぐな視線に恥ずかしさを感じ、思わず目を反らすと、彼の口許がゆっくりと動くのが視界の端に映った。
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