第6章

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 ふわりと見覚えのある香りに包まれ、視界は彼の白いシャツによって塞がれる。  この匂い、柔軟剤の匂いだーー。いつか嗅いだことのある香りに、一瞬、頭の中に甘い痺れのようなものが走った。  急に抱きしめられ、心臓がいつもよりも大きく脈を打つ。どくんどくんと煩く鳴り響く音が、彼に伝わってしまうのではという焦りと、彼の行動に対する疑問が、脳裏を同時に駆け巡った。 「……あ……の」  反射的に出た言葉は、酷く細かった。  ーー落ち着け、自分。落ち着くんだ。  前にも何回かこういう事があったはず。キスをされた事もあった。彼の突然のスキンシップにいちいち心乱されてどうする。そう、自分に言い聞かせ、落ち着かせようとする。 「ま、間宮……くん……?」  恐る恐る声を掛けてみても、彼からは何も反応が無かった。  肩を包み込むように抱きしめられ、彼の大きな手の温かさが服の上からでも伝わってくる。このままでは体が逆上せそうだ。  私の動揺がピークを迎えようとした時、空間を裂くようにチャイムが鳴り響いた。  それと同時に、がばっとでも音が鳴るかのように体が引き離された。 「あっ……と、その……」 「?」  言葉だけでなく彼の顔いっぱいに焦りのような戸惑いが広がっていた。  こんな間宮励を見るのは初めてだ。いつもの余裕など全く感じられない。  徐々に真っ赤に染まっていく頬に、真っ直ぐに私を見る瞳は小さく揺れているようにも見える。  一体どうしたと言うのだろうか。 「ご、ごめん……」  暫く見つめった後、一言謝って、彼は目を逸らした。その声はなんとも頼りない声だったが、年相応の男子高校生のように見え、彼には失礼かもしれないが、親近感のようなものを感じた。 「……東條さんが、なんか……俺、どうかしてる」  何もない部室の床に視線を落とし、首の後ろを触りながら独り言のように呟く。 「……ちょっと、頭冷やしてくる」 「……あ……は、い……」  私は彼の一言に小さく返事をし、部室から出ていく後ろ姿を茫然と見つめる事しか出来なかった。  髪の間から微かに見えた彼の耳が、真っ赤に染まっているように見えたのは見間違いだろうか。    
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