第6章

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 もう、これ以上、彼に対して嘘はつきたくない。  来年があるのなら、今度こそは必ずーー。 「や、約束します……! 来年は、な、何があっても……」  そう力強く言うと、彼は嬉しそうに「うん、約束だね」と笑った。  ーーこの笑顔が、好き。  すとんと落ちてくる甘い想いに、私はまた蓋をする。  来年までには、この恋慕を消し去って、ちゃんと胸を張って彼と向き合いたいーー友人として。  時間は掛かるかもしれない。でも、恋人同士だった朝比奈さんだって、今ではすっかり間宮励と良い友人関係を築いている。だから、不可能ではないはずだ。 「ーー修学旅行、一緒の班になったわけだし、挨拶くらいはしても平気だよね」  駅について改札を抜けてから彼は思い出したかのように言葉を発した。  あれから、少しだけ美術室で話した後、「駅まで一緒に帰ろうよ」という彼からの誘いに頷き、誰にも見られないように生徒があまり利用しない裏口から出て駅に向かい、今に至る。 「あ、挨拶……くらい、なら」  小さく頷きながらそう答えると、彼の口元が微かに緩むのが見えた。  私の事を気遣い、教室など生徒が沢山居るようなところで間宮励が話しかけてくることは今まで一度も無かった。目立ちたくない、そう言った私の言葉を彼なりに考えてくれているのだと思うだけで、体の奥がぽかぽかと春の陽だまりに包まれたように暖かくなるのを感じる。 「じゃあ、また明日。気を付けて」 「あ、はい……」  私とは反対のホームに向かう為、階段を上っていく彼の後姿を見送ってから、小さく溜め息を吐いた。途端に、緊張が切れたかのように体から力が抜けて行く。そこで、ようやく自分が彼と一緒にいる間、どれほど緊張していたのか気付く。 「好きな人と話すだけで、こんなに緊張するんだ……」  初めての感覚に戸惑いながらそう呟いた。
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