第6章

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 朝比奈さんの呟きに、彼女の方を見ると、途端に手を握られてそのまま空へと伸ばされた。 「東條さんも声出してみよ! 励目的の女の子なんかに負けないように! その方が励も本気出すかも!」  彼女はにかっと元気よく笑いかけた後、もう一度声を出す。これだけの声援の中、私の声なんて彼に届くわけないーーそう思いながらも、私は生まれて初めて声に出して誰かを応援した。  助走の位置に着いた間宮励の口元が嬉しそうに綻んでいる事を私は知らずに「間宮君、頑張って」と、皆と共に声に出したのだった。  皆の応援が効いたのか、間宮励の結果は、今のところ一位という見事な順位だった。高跳びの知識など、これっぽちも無いけれど、体を捻りバーを越えた瞬間は、時が止まったかのように、その場が静まり、気付いた時には歓声が起きていた。女子生徒の声だけでなく、男子生徒の声も混じっており、口笛を鳴らしている人もいた。  ーーすごいなぁ……。  額の汗を右肩を使い拭いている彼の姿を見て、何人かの女子生徒がタオルを持って駆け寄る。その光景を少しばかり羨ましく思ってしまった。 「励が汗、掻いてる……。本気出したんだ」  朝比奈さんが驚いたように言うものだから、不思議そうに彼女を見ると「励って何でも出来るタイプじゃない? だから、あんまり本気出した所見たことないんだよね」と言った。 「なんか本気出さないといけない理由でもあったのかなー……なんてね」 「た……体育祭、だから、でしょうか?」 「……うーん……。カッコいい姿を見せたい誰かがいたからじゃない?」  確かに、これだけ女の子が集まると、恰好悪い姿なんて見せれないよねーーと思い、「間宮君、大変ですね」と言うと、朝比奈さんは苦笑いを返した。  その後、別のクラスの男子生徒が飛び、秋森君の番が周ってきた。  間宮励の時ほどでは無いが、周囲の女子生徒の間にどよめきが生じ、再びピンク色の声援が聞こえ始める。 「秋森君も、顔はカッコいいからね」 「私達のクラスは、この二人のお陰で男子の顔面レベル上がってるよね」  クラスメートの子が話しているのが聞こえ、「秋森君は顔だけじゃなくて、心も優しいんだけどな」と思ったが、言葉にはしなかった。  
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