第6章

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 表情が乏しく、寡黙のせいか、彼の事を恐いと思っている人が多いみたいだが、その逆で、彼はとても誠実な人だ。その事を知っている人が少ない事に、私は小さな悔しさを感じた。 「あ、秋森君、が、頑張って……ください」  気付いたらクラスの誰よりも先に、声を出していた。  私の情けない応援が彼に届いたのか、助走の位置に着いた秋森君が、此方の方に顔を向けた。 「嘘……東條さんの声、聞こえたのかな?」 「そ、そんな事は……」  朝比奈さんの言葉に、ないと思うーーと、答えようとしたけど、そういえば、彼はいつだってどれほど小さな私の声でも、聞き返すことなく応えてくれていたなと、今までの彼とのやりとりを思い出した。  彼は大きく息を吸った後、真っ直ぐ前を見つめ助走をつけ、バーを飛び越えた。  バーは落ちることなく、その場に留まり、間宮励の時と同様、歓声とどよめきが沸いた。  ーー間宮励も、秋森君も、本当にすごいなぁ……。  こんなに大勢の人が注目する中で、失敗することなく目の前のバーを飛び越える。プレッシャーもあるはずなのに、それに負けない強い気持ちはどこからやってくるのか、不思議だった。  それから他のクラスの男子の何人かも、二人と同じ高さのバーを飛び超えた。しかし、段々とバーの高さは上がり、その度に誰かが脱落していった。最終的に残ったのが、間宮励と秋森君、あと一年生の生徒一人だった。  バーの高さは、最初の時と比べ、だいぶ高くなってきている。秋森君は野球部だけど、それでも素人同然の二人がここまで来るのは、まぐれとかではないような気がした。  「あいつら、陸上部じゃないだろ?」「まじか、これ以上高くなったら国体レベルじゃね?」と、近くにいた男子生徒の二人が話しているのが聞こえた。  ーーなんか、見ているこっちもドキドキしてきた。  一年生の子は首をぼきぼきと鳴らしながら、特に緊張している様子も見られなかった。長い前髪で顔までは見えないが、ひょろっとした体格はとても運動をやってそうには見えない。バーは三回まで飛べる事が出来るらしく、彼は三回とも失敗した。周囲にいた同じクラスらしい一年生が残念そう声を出したが、その後、労いの言葉を口にした。  そして、次は、間宮励の番だった。  
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