第6章

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「お礼……なんで?」 「あ、秋森君が、お、教えてくれたから……。わ、私の気持ち……。あの時、自分の気持ちを、み、認めていなかったら、わ、私、ず、ずっと、ま、迷ったまま、だったと、お、思う。あ、あのまま、よ、良く分からない、き、気持ちで、間宮君と、せ、接っするように、なってた……。だ、だから、秋森君には、か、感謝の、気持ちしか、な、ないよ」  そこで一呼吸置いて、更に言葉を続けた。 「ほ、本当に、い、いつも、私の事を、み、見ていてくれて、あ、ありがとう……っ!」 「……っ」  やっと言えた。秋森君に伝えたかったこと。  上手く言えたかどうかは別として、照れ隠しのように口元を押さえている彼の様子だと、きっと私の気持ちは伝わっているだろう。  中学の時から、何かと私の事を気に掛けてくれていた彼に、今、やっとお礼が言えた。  誰も私の事を視界にも入れず、声を掛けてくる人などいないーーそんな隔たりを感じる教室で、たった一人、彼だけが、毎日、「おはよう」と言ってくれていたのだ。最初は、どうして私に挨拶をするのだろうかと不思議だった。でも、いつからか、それは当たり前の日常となり、一人ぼっちの私にとっては、その会話だけで十分満足だったのだ。 「卑怯過ぎるだろ……お礼なんて」 「え?」  私の耳には届かないくらい小さな声で呟かれた言葉は、何て言ったのかは分からなかった。聞き返してみたが、彼は「なんでもない」とはぐらかすだけで終わった。 「中学からの仲だからな。……これから何があっても、俺は、東條の味方だよ」  秋森君は、真っ直ぐに私を見詰め、そう言った。拳を握り、その片手を私の顔のあたりまであげる。それが何を意味しているのか分からず、きょとんとしていると、彼は「ほら、東條も」と言って、小さく笑う。 「あ……!」  ようやく理解した私は、秋森君と同じように拳を握り、コツンと、秋森君のそれに当てた。 「な、なんだか、せ、青春みたい……」  照れ臭さが込み上げてきて、くすくすと笑うと、秋森君も目を細めて口元を緩ませた。
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