第6章

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 秋森君は、暫くの間、受け取ったスポーツドリンクを見詰めた後、「俺、実は持って来てるんだ、水筒」と言った。 「凄く嬉しいんだけど、東條の気持ちだけ受け取っとく。……間宮は何も持ってないだろうし、何も飲まずにいると思うから、アイツに渡してやってくれないか」 「え?」 「気分悪くしたか?」 「あ、い、いえ、そ、そんな事は……で、でも」  ーー私は秋森君に……。  そう言おうとしたら、秋森君に両手を引っ張られ、彼の大きな手に包まれながら男らしい輪郭を象る両頬にそっと添えられた。 「俺はこれで良い。……東條の手、冷たくて気持ち良いから」  彼はそれだけ言うと、そっと目を閉じた。  本当にそれだけで良いの?ーーと、聞こうとしたけれど、目を閉じている彼の表情が、どこか切なげに見え、私は口を閉ざした。  「あーー、腹減ったわ!」と、何人かの生徒が此方に向かってくる話声が聞こえ、はっとする。気付いたら、私の手は彼の頬から離れていた。 「あ、あの……」 「俺はもう暫くここで休んでる。それ、冷たいうちに渡した方が良い」 「あ、は……はい」  彼に急かされるように言われ、私は、秋森君に一礼してからその場を後にした。  「……東條、途中から敬語が消えてたな。俺だけの特権かーー今だけの」と、切なげに呟かれた彼の言葉は、私の耳には届かなかった。  秋森君と別れた後、グランドの方に向かうと一際盛り上がっている場所が目に入った。  例のダンスは、お昼を食べながら見られるようにと、だいたいそれに合わせて二時間くらいかけて行われる。男子生徒の比率が高い空間を目の前にして、少々げんなりしつつも、秋森君に頼まれたのであれば、渡さないわけにはいかない。  直ぐ見つかるといいんだけどーーそう思い、その暑苦しそうな集団の中に入ろうとした時、後ろから手首を掴まれ引っ張られた。 「やっと見つけた」  聞き覚えのある声にはっと驚くと、私が探してた人が目の前にいた。 「あ、あれ……?」  山田君達とダンスを見ているはずなのに、どうしてここにいるんだろう。  
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