【カイル】

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*** 子供の頃から育ったのは、この宇宙開発局があるビルの中だった。 朝から晩まで宇宙工学、航空力学、果ては護身術やサバイバル術まで、酷く偏った知識をとにかく詰め込まれた。 寝食はこのビルの中、外出できるはノイマンの仕事について行く時のみ。 悔しいが所長のノイマンは、父親代わりだ。 教育が終わったのは成人前、そうすると今度は朝から晩まで飛行機や宇宙船の設計を任される。 自室から出られるようになったのはいいが、フロアが違うだけの仕事部屋に通う毎日だった。 もう二十数年続く軟禁のような生活に嫌気がさして、思い切って外に部屋を借りたいとか言ってみたら、存外簡単に許可が下りた。 それは少し意外だった。 いつもカイルの意見などないがしろにするノイマンが珍しく「そうしなさい」と言ってくれたのだ。 それでも住まいと職場との往復しかしなかったが、気分が変わって嬉しかった。日々変化する天気や気候に、社内で受けた抑圧から来るストレスは、少し薄らいだ。 もっとも、街中に出る事は別の問題も起こす。 この星系に、黒髪の人間はいない。しかし、たった三人だけ、遺伝子操作で生まれた。 それは犯罪者の烙印だった。 黒髪を見ただけで誰もが竦み、避けるのが判る。社内では慣れたつもりだったが、街中でもとなるとさすがに堪えた。 カイルは自然と人目を避けて歩くようになっていた。 今日も早足に人気のない公園内に辿り着き、ほっとするカイルの頭上から……。 「きゃああ! ごめんなさい、どいてどいて!」 女の声が響いた。 「え?」 意外過ぎる所から響いた声に、カイルは空を仰ぎ見る。 少女が降ってくるところだった。寸でのところで避けると、その脇で少女は見事な着地を決めた。 少し遅れて少女の背にはらりと落ちた髪は──太陽のようにキラキラと輝く金色の髪だった。 カイルは初めて見る、『サリファ』と呼ばれる特権階級の人間だ、先祖返りとも呼ばれる。 少女はさっと立ち上がると、にっこり微笑んだ。 「ごめんなさい、上から見てたらエイルかと思って、やっつけてやろうと思ったの」 ニコニコしてとんでもないことを言った。
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