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僕の止まっていた時間が動き始めた。あまり現実味のない感覚が彼女との歩くペースを乱す。
今朝早く僕の都合などお構いなしに、彼女から連絡が来た。眠い目をこすり、眠っている意識を起こす間もなく、彼女は場所と時間だけを業務的に伝えて通話は切れた。
恋は盲目と言ったがあれは嘘だ。いくら好きな女性からの電話とはいえ、朝の貴重な睡眠を邪魔されたことに嫌悪感を抱いた。
拒絶恋愛か、と心の中で呟く。
彼女の横顔をちらりと見る。ちょうど彼女の頭が僕の肩あたりにある。昨日と同様に、彼女は白いワンピースを着ていて、そのワンピースから細くて白い腕がすっと伸びている。
「もしかして、会話はあまり上手ではないですか?」
彼女は首をかしげ、微笑んでいた。
「お恥ずかしながら……あまり。何の話をしていましたっけ?」
白い腕が前方に伸びる。
「私はどちらかといえば、話し上手な男性が良かったな。ほら、あそこですよ」
背中に嫌な汗が流れる。幸福が目の前に広がっていると、どうしても不幸なことが起きるのではないかと思ってしまう。そう、あの時のような。
――お前は、ろくた会話もできないのによく会社にはいれたな。
人は当たり前のように人を傷つける。心に負う傷はどんな大きな傷よりも痛むものだ。
乱れた呼吸を整え、彼女の指差すゲームセンターへと向かう。
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