2人が本棚に入れています
本棚に追加
馬場が姿を消してからも、温子はつつがなく人生を歩んでいた。
学生時代にあれだけ男を漁っていた温子だったが、最終的には同じ会社の同僚と結婚して寿退職をした。けれど、そのありふれた選択も、今では良かったと実感している。
「お母さん、今日はお星様がよく見えるね」
今年で五歳になる息子が、ベランダで食い入るように星を眺めていた。
「もう、危ないから一人でベランダに出ちゃダメだって言ったでしょ」
とは言うものの、息子の好奇心旺盛さには微笑ましさも覚えている。今日は旦那が出張で帰ってこない。時間もあるしと、温子はベランダに行って、息子と星を眺めることにした。
「お母さん、あれが彦星だよ。今日は織姫もよく見えるね」
見ると、ひときわ輝く星が見えた。あれが七夕でおなじみの彦星と織姫か。知らない間に、息子がそんなことも覚えていただなんて。
「それに、デネブも合わせると夏の大三角形になるんだって!」
息子の手には、星座の本が握られていた。これで覚えたのか。子供の知識欲とは凄いものだと感心した。
「スゴイね、お母さんはそこまで知らなかったよ」
「へへ~」
息子の素直な反応を見ていると、無性に抱きしめたくなる。
「じゃあお母さん、あそこらへんの星を結ぶと何座になるか知ってる?」
息子が指し示したのは、彦星から少し離れたところ。いくつかの星が、ぼんやりと光を放っている。考えるよりも早く、息子は答えを言ってしまった。
「あれはね、『うんこ座』だよ!」
温子はとたんにがっくりとしてしまった。男の子である以上、そういう下ネタが大好きなのは理解していたが……。
「うんこ座なんてありません。適当なこと言わないの」
「嘘じゃないよ! これ見てよ!」
促されて、星座の本を見てみた温子。
そこには、確かに「うんこ座」が載っていた。そのふざけた名前に反して「亡き恋人の姿を一生かけて追いかけた、悲恋の神話」がモチーフとなっているらしい。
「マジで言ってんの……? 頭おかしいんじゃねえの……」
ぽつり、温子はつぶやいた。
けれど同時に、不思議とどこか懐かしい感情も芽生えていたのだった。
最初のコメントを投稿しよう!