夜道の出来事

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 仕事の帰り道、雨に降られた。ぽつぽつ、と来たので僕はビニール傘を開く。その前を「いつもの人」が早足で歩いていた。いつも僕と同じ夜の八時頃、同じ駅で降りるその人とは、もう少し先にある三叉路の坂道でまで必ず一緒になる。駅からの道のりが住宅街を突っ切っていく所為で街灯も少なくて、未だに僕は「いつもの人」が男性なのか女性なのかも分かっていなかった。いつも細身のズボンを履いていて、とても脚の長い人であることしか知らないのだ。  雨の音がさああ、と強くなってきた。「いつもの人」はそれに驚いたようで、 「やっべ」  と言ったのが聞こえた。男性のような口調だが、声は女性のものだった。彼女は走り出した。長い脚を存分に生かした綺麗なフォームで、彼女は一〇メートルほど走り、止まった。 「疲れた」  早すぎるのでは、と思わず声に出しそうになったが、僕はぐっと堪えた。完全に息が上がっているのか、彼女の肩は上下していた。けれども容赦なく雨は降り続いている。  しかし、ここで僕が「一緒に入りますか」と言うのも、不審者のようで気が引けるし、かといってずぶ濡れの女性が目の前をとぼとぼ歩いているのを見ているのも忍びなかった。
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