夜道の出来事

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 彼女は再度走る決心をしたのか、大きく一歩を踏み出した。そして、水に濡れた白線の上で盛大に滑ってこけた。 「大丈夫ですか?」  これなら流石に声をかけても怖がられないだろう、と僕は思って、引っくり返っている彼女に傘を差しかけた。それでもやはり彼女はぎょっとしたようで、目を白黒とさせている。 「あ。あ、はい」  すぐに言葉が出てこなかったのか、とにかく彼女は頷いた。僕が手を貸して助け起こすと、彼女は頭を下げた。 「お見苦しい所を、すみません。ありがとうございました」 「いえ。あの、雨凄くなってきたんで、送りましょうか?」  僕は傘を示す。彼女はますます困惑してしまったようだ。自分としても意外な提案のように思えた。見ず知らずの女性を家まで送るなんて、どうかしている。いや、見ず知らず、というのもおかしいかもしれない。ずっと帰り道が一緒だったのだから。通勤仲間、とでも呼べばいいのだろうか。けれどその話を今、彼女にする訳にはいかない。彼女の不安そうな表情を見て、僕は彼女に傘を押し付けた。 「やっぱ、それはマズいですよね。これ使ってください」  僕は前言撤回をして、全速力で走りだした。彼女が僕を呼びとめる声がする。僕は振り返らずに雨の夜道を駆け続ける。胸の内で「いつもさん、また明日」と呟きながら。
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