さとりの夏休み

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 背後からさとりの身体を抱きしめるように腰に腕をまわすと、さとりはその場で飛び上がらんばかりにびくっとした。耳たぶから首筋までがじわじわと染まっていく。ああ、かわいいなと思ったら、もう駄目だった。胸の中があたたかなものに包まれ、愛しさが満ちる。同時に抱きたいなという欲求も生まれた。無意識のうちにさとりの腰にまわす腕に力がこもる。 「そ、そうすけ?」  壮介の心の声を読んだように、さとりが腕の中でびくりとする。その目は驚きのあまり、大きく見開かれていた。 「す、するの……?」  まるで小鳥のように、早鐘を打つさとりの鼓動が伝わってくる。  ああ、くそ。めっちゃかわいい。死ぬほどかわいい。  さとりと再会するまで、壮介は自分が淡泊なほうだと思っていた。子どものころからそれなりに物事を器用にこなせたため、必死で何かを求めた記憶もほとんどない。  それがさとりが相手だとすべてがひっくり返ってしまう。これまで自分が信じていたものなどなかったかのように、新しい世界が広がっている。壮介は、見栄を張って格好つける余裕もないほどさとりに惚れていた。その愛情の深さは底なし沼のように果てがなく、自分でも恐ろしいほどだ。 「……いやか?」 『お前を抱いてもいいか?』  目の前の滑らかな頬に唇を寄せた。欲望を隠したつもりが、低く掠れた声からみっともないほどに余裕のなさが自分でもわかった。  さとりは零れんばかりに目を瞠ると、真っ赤な顔でぶんぶんと頭を振った。 「い、嫌じゃないよ。おいらもそうすけとしたい……!」  タヒチは、南太平洋フランス領ポリネシアに属する島で、南太平洋有数のリゾート地として知られている。日本からは直行便で約11時間。そこから軽飛行機で10分ほどの場所にモーレア島はある。緑が濃い山々の周囲をブルーラグーンが囲む雄大な自然に恵まれた島だ。  さとりは飛行機に乗ることも初めてなら、国内の旅行も以前壮介といった温泉旅行くらいしかない。せっかくだからと壮介はさとりのため、新しいスーツケースを用意した。それから新しい着替えが何枚かと、海水パンツも買った。海外旅行がどんなものなのか想像もつかないさとりは、自分のものだという大きなスーツケースを前にして、目をぱちくりさせ、いったい何を入れればいいのだろうとおろおろしていた(悪いがそのときのようすはめちゃくちゃかわいかった)。
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