小心者

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「どうしてここが……」 パジャマ姿の愛川が疲れた顔をして現れ、雛菊は奥の部屋に消えた。店に出るために化粧をするのだと思った。 「社長の交際費に胡蝶の支払いをもぐりこませているのを、以前から知っていましたから」 経費にうるさい社長も、自分の交際費を確認することはなかった。そこに愛川がつけいる隙があったのだ。 「そうか。何もかもお見通しというわけだ。みっちゃんには敵わないな」 その時ほど、みっちゃんと呼ばれて気持ち悪いと感じたことはなかった。 「無断欠勤の件で山一常務はお怒りです」 「だろうな」 愛川はタバコをくわえた。美智がコホンと咳をすると、火をつけずにタバコを置いた。美智が煙草嫌いなことを良く知っている。 「社長はそれほど怒っていないようです。それに、課長が青田商店の代金を持ち逃げしたことは、まだ誰も知りません」 愛川の顔が歪んだ。 「知っているのは、みっちゃんだけか……」 愛川は視線を落とす。改めて金を持って逃げるか、あるいは美智を殺して事件発覚を遅らせるか、警察に自首するかを天秤にかけた。 「ご家族が心配されていました。今、私にお金を預けていただいたら、刑事事件にはなりませんが……」 美智の提案に愛川の天秤が傾いた。
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