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「先代の社長はそうでした。とてもおおらかで……。でも、今の社長は違います。よく勉強されていて、疑い深いのです。数字にも、人の発言にも。それで社員が困るほどです。……余計なことかと思いますが、監査役もご注意ください」
美智が言うのは親切心からではない。傷ついたプライドを癒すための反撃であり、社員を傷つける役員を置く会社そのものに対する苦情だ。
「あら、難しい人なのね」
「ええ。数字の厳しさに比例して、社員の気持ちは離れているようです」
余計なことだと思ったが、社員の気持ちを代弁した。監査役が動いて会社が良くなるなら、それに越したことはないと思うからだ。本音の所は、期待はしていない。役員であれ、監査役であれ、同じ穴のムジナだと思っている。
「数字に厳しいのは、悪いことではないわよ。人は嘘をつくけど、数字は嘘をつかない。世界に通用する共通言語なのよ」
「監査役の立場ではそうでしょう。でも、それだけではいけないのだと思います」
「経理なのに数字を信じないの?……甘いわね。そんなことじゃ、女は出世できないわよ」
瑞穂が唇の端で笑うのを横目に、寂しい気持ちで監査役室を後にした。
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