お局美智

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麻里の退職に伴う後任が皐月なのだが、当の皐月はメモも取らず、チョコレートの箱を片手に操作を見学している。 美智は、メモを取れ、と注意したいところをぐっとこらえた。今それを言うべきは、指導している麻里か経理課長の愛川なのだ。美智が口にすると『お局様』とレッテルを張られかねない。いや、すでに陰では『お局美智』と呼ばれているのだが、自らイメージを強化する必要はないと思った。それに、もしかしたら皐月はメモを取らなくても記憶できる天才なのかもしれないからだ。 もうひとつ、数多くの女子社員と肉体関係を結び、結果、退社に追い込んでいる山一に気をつけろというアドバイスも飲み込んだ。話してしまうと、皐月がそれを親に話しかねないと思うからだ。 山一は女の敵であり会社の恥部だ。そんな役員がいる会社だと取引先に知られたら、仕事に影響が出かねない。ならば、会社の恥部を秘密にすることが、社員にとってはメリットになる。 美智は、さすがの山一も社長の知り合いの娘にまでは手を出さないだろうと、アドバイスしない理由を自分に納得させた。 「そうかぁ。新任の役員と監査役相手で、課長も大変ね」 美智は皐月の名前を頭からさっと拭き消し、経理システムを立ち上げる。 「社長の信任厚い金庫番ですからね」 麻里がいうのは事実だった。役員のほとんどは前社長の子飼いの部下で若社長にとっては眼の上のたんこぶといえたが、愛川は前社長にも若社長にも忠実な事務職員なのだ。それで社長は金庫の鍵を預けるだけでなく、役員たちを監視することも愛川に命じている。 「そうねぇー」 美智は麻里に同意したのではなかった。どちらかと言えば疑問の相槌だ。真面目な経理課長にも裏の顔があるのを知っている。
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