『クマさん。』

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「恥ずかしくてつい逃げてしまったのですが、もしかして私、何か忘れ物をしましたか? あとで荷物を確認したのですが分からなくて.....呼び止められた理由も聞かずに申し訳ありません」 「お.....怒って、ないんですか?」 漸く情けない声でそう言うと、彼女は首を傾げた。 「え? どうしてですか?」 「だ、だって。妙な名前で呼んでしまって」 「ああ.....いえ、恥ずかしかったですけど、怒ってはいませんよ。私、いつもこのキャラのシール集めてますもんね。渾名がクマってのも納得です」 頬をほのかに赤く染めて笑う彼女を唖然として眺めていた。 この人は本当に天使なんじゃないだろうか。 チャンスだ。 僕の人生、最大にして最後のチャンスだ。 これを逃したらきっともう、彼女と会話する機会はない。 冴えない僕の人生を、背が高い以外なんの取得もないと言われ続けた僕の残念な人生を、変えるのだ。 例えダメ元でも、いいじゃないか。 「あの! 名前を.....!」 「名前?」 「貴女の、名前を、教えてください!」 僕は、ずっと、ずっと貴女のことを。 「ひ、一目惚れなんです! よかったら、友だちから、よろしくお願いします!」 勢いよく立ち上がり、90度に腰を折って頭を下げた僕を彼女は呆然と見ていただろう。 他のお客や同僚も同様のはずだ。 一瞬の沈黙が永遠に感じて、自分の息を呑む音だけが響いている気がして、そして彼女が小さく笑う声が聞こえてきて──。
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