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うっかり夏風邪をひいてしまっていたので図書館へ行くのは一週間振りだった。入り口の自動ドアをくぐった瞬間外の暑さも蝉の声も消える。いつもは暇を持て余した年寄りしかいないはずの平日昼にもかかわらず、ちらほらと若者の姿が見えた。よく考えてみれば僕が病に臥している間に、世間では夏休みに入っていたのだ。
顔なじみの司書の織田さんと目が合い、軽く会釈をした。いつも座るお気に入りの席が空いていないのではないかと心配し、早歩きで奥へと向かう。旅行関連の書籍が並ぶ棚を右に曲がるとなじみの制服とその正面の空席が見えた。
夕方からのバイトの前に図書館で小説を書くようになって三ヶ月が経った。僕が一人暮らしをするアパートは交通量が多い道路沿いにあり、窓を開けると騒音で集中できない。……という言い訳をしてしまう駄目な自分を変えるために、集中せざるを得ない環境に身を置くことにしたのがきっかけだ。
鞄から原稿用紙とボールペンを取り出し机に広げた。四人掛けの机を四等分する白い線が引かれていて、その区切られた一画が個人に与えられたスペースになる。白線を越えて私物を置かないことが暗黙のルールになっていた。
隣にはあまり見かけない顔の高校生が参考書を前に頬杖をついていて、正面の席にはこの図書館の主と僕が勝手に呼んでいる制服の少女が小説を読んでいた。彼女は僕から背表紙が見えるように本を立てて読む。だから彼女が何を読んでいるのか、僕は大体を知っていた。
原稿用紙を半分ほど埋めて彼女の読んでいる本のタイトルを盗み見る。今日はシェイクスピア全集の二巻、めくっているページからすると数分の内に読み終わるだろう。彼女の読書は多岐に渡り、今日のような西洋文学から古典落語、ラノベ、花の育て方の本を読んでいたこともある。二巻を読み終えたとしても次に三巻に行くとも限らなかった。僕はペンを回しながら彼女がシェイクスピア全集第二巻を読み終え、次の本を持ってくるのを待つことにした。
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