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今度は目を逸らすことなく彼女を見る。茶色みがかった長い髪を後ろで束ねていて、化粧っけはないが唇にだけなにか塗っているようで発色の良い薄ピンク色をしていた。長いまつげをぱちぱちと瞬きさせながら僕から目を離さない。
震える指に気付かれないように紙切れを手繰り寄せ、『小説を少々』と書いて彼女に渡した。彼女は驚いたように目を丸くし、すぐさま紙になにか書いて僕に渡してきた。
『本当ですか? 読ませてもらってもいいですか?』
手書きの文字から興奮が伝わる。「あの……」言いかけた僕に彼女はしーっと人差し指を自分の口につけた。
『私語厳禁は図書館の基本ルールですよ』差し出された紙を見て僕は苦笑する。
彼女の紙切れでは返事を書き切れなそうだったので、僕は白紙の原稿用紙の一枚を半分に折った。
『まだ完成していないので残念ながらお見せできません。来週中には切りのいい所まで書き上げるので、その時でいいですか?』
これは先延ばしでも格好付けでもなく曲がりなりにも小説を書いている者のプライドだった。いつか小説家になりたいと思い、バイトをしながらコツコツと書いて、ネットに上げるだけの僕にも未完成の作品を読まれたくないというくらいの羞恥心は持ち合わせていた。
彼女は少し残念そうに、『分かりました。楽しみにしてますね』と書いてきた。僕がそれに目を通している内に彼女は立ち上がった。次に読む本を探しに行ったのだろう。彼女とのやりとりが終わってしまったことに寂しさを感じながらも、早く完成させて彼女に読ませたいという新たなるモチベーションに突き動かされて、その日は自分でも驚くほど筆が進んだ。
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