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『大事にゆっくり読むね』という言葉通り、彼女の読書スピードなら数時間で読めそうな分量を実に三日間かけて僕の小説を読んだ。
その三日目は近くで花火大会が行われる日だった。僕がバイトをしているコンビニは観覧客の通り道になるため毎年店の前に露店を出す。その準備のためいつもより早めに出勤するように言われていて、それに合わせていつもより早めに図書館に行った。僕が彼女の正面の席に座るとちょうど読み終えたらしく僕に向かってピースをした。
『感想を書きたいから原稿用紙を下さい』
僕が鞄から原稿用紙を取り出すのを見計らってか、いつもの切れ端が渡された。一枚取って彼女に渡すと『もう二枚』即座に紙が渡される。笑いを堪えながらもう二枚手渡すと彼女は真剣な表情で原稿用紙に向かい始めた。
僕が三枚の原稿用紙を埋めるよりも早く、彼女の読書感想文は完成した。
『夏休みの宿題みたい』
僕が書いて渡すと『宿題は嫌い』と返ってきた。一緒に渡された四百字詰めの原稿用紙には、恥ずかしさで赤面しそうなほど僕の小説を誉め称える言葉が改行なく並べられていて、僕はそれを三回読み返した。
『ありがとう、こんなに褒められたのは生まれて初めてだよ』
『本当?』
『うん、まだ読んでくれる人も少ないし』
『他のも読んでみたい』
『ネットで書いてるからここで読めるよ』
自分のサイトのURLを彼女に教えると彼女の表情が曇った。
『私ネットできないの』
『携帯とかは?』
『持ってない』
いまどきそんな女子高生がいるのか、と思いつつ『じゃあ今度またプリントアウトして持ってくる』そう書いた紙を渡しつつどれから持ってこようかと考えていた。
『嬉しい、楽しみにしてるね』
彼女が席を立とうとした。僕はとっさに『もしよかったら』という走り書きを彼女に渡す。怪訝そうに僕に向き直った彼女に震えた文字の『君がどんな話が好きなのか知りたい』『ていうか』『君のことがもっと知りたい』立て続けに三枚の紙を渡した。
彼女の困惑は明らかだった。僕の差し出した紙に返事を書こうとしてペンが止まる。僕は気まずさに堪え兼ねて『ちょっとジュース飲んできます』と書き置きをして席を立った。
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