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ラムネの空きビンを捨て、意を決して席へ戻ると彼女は読んでいた本で顔を隠した。
『なにが知りたいですか?』と書かれた紙が僕の前に置かれていた。彼女を見ると本の上から僕の様子を伺う視線と目が合い、すぐにまた本に隠れてしまう。
『名前は?』
『まなか』
『それ苗字? 名前?』
『名前です、愛佳と書きます』
『苗字は?』
『内緒です』
『好きな食べ物は?』
『カレーパン』
『カレーパン? なんで?』
『なんか元気が出る気がしません?』
『うーん、なんか……変わってるね』
『そうですか?』
『嫌いな食べ物は?』
『食べ物じゃないけど、牛乳です』
『なんで夏休みなのに毎日制服なの?』
『うーん、ノーコメントで』
『学校行ってる?』
『行ってないです』
『登校拒否とか?』
『ノーコメントで』
『お姉ちゃんか妹いる?』
『内緒です』
『内緒が多いな』
『プライベートに踏み込まないのは図書館のルールですから』
僕が吹き出しそうになるのを堪えてる横で、隣の男性が席を立った。迷惑そうな目で見られたので、愛佳とのやりとりで不快にさせてしまったのかと頭を下げた。
『怒られちゃいましたね』
声を出していないとはいえ、横でこれだけ動かれたらイライラもするだろう。反省しているとちょうど携帯が振動するのを感じた。バイトに行く時間だった。
『また明日』
片付けながらメモを愛佳に渡すと彼女は頷き、小さく手を振った。たったそれだけのことで有頂天になるなんて自分はどれだけ単純なのだろう?
ふと後ろの本棚に以前彼女が読んでいた『世界の絶景100選』という本を見つけて手に取った。たまには本を借りて行こうと思い、カウンターへ向かうと織田さんが受付をしてくれた。
「珍しいわね、本借りるのなんて」
最小までボリュームを絞ってそれでも聞こえやすい声だった。織田さんに言わせれば職業病らしい。
「そういえば、さっきなにか言いかけてませんでしたか?」
「ああ、それはもういいの。ただ、なにかあったら言ってね」
「なにか?」
「異変とか、異常とか、違和感とか」
「すいぶん物騒ですね」
貸し出し処理の終わった本を受け取りながら僕は皮肉を言う。
「まあ、なにもないでしょうけどね」
結局なんのことか分からないまま僕は図書館を出た。まだ夜まで時間があるにもかかわらずバイト先に到着するまでに沢山の浴衣姿を見た。それに愛佳の姿を重ねたのは言うまでもない。
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