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もう駄目だ、と私は思った。
私とタツキが同棲を始めて2年半が経っていた。タツキは物静かな男で、私はお喋りな女だった。彼と一緒に暮らしていて、不便を感じた事は一度もない。けれど、まるで私ばかりが話をしているのが馬鹿らしくなってしまう時があって、それを寂しいと思ってしまう自分がいた。
陳腐な寂しさに負けて、私はふらふらと仕事先の男に誘われて遊んだ。その事実をタツキに知られたのだ。タツキは何も言わなかった。その無言が私の言い訳を無慈悲に押し潰していくようで、私は恐ろしくなって怒鳴り続けた。けれど、どれだけ叫んでもタツキの無言が私の言葉を呑みこんでいった。私は「どうして怒らないの」とタツキをなじった。それでもタツキは、じっと私が捲し立てる罵詈雑言を受け止めていた。
――言えばいいじゃない、この浮気女って!
部屋にひと際大きな怒声がびいん、と響いた。タツキはゆっくりと椅子から立ち上がって、私に言った。
「散歩に、行こうか」
それ以外、彼は何も口にしなかった。私は、彼に従った。きっと、この部屋に戻って来る事には何もかも終わっているだろう。
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