第0季 ~失踪~

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 正月を抜けて季節はまだ冬。外を出歩けば冷たい空気が肌に突き刺さり、暖房の効いた家に入ればほっと安堵し、温められた炬燵に脚を突っ込めばもう抜け出せなくなる。そんな真冬の真っ只中、式織氷河は電車の揺れを吊革に掴まってやり過ごしながら、大学の講義が終わって帰り道の本屋で購入した雑誌を読んでいた。あまり男性向けとは言えない編み物特集はしかし、彼には技術として学ぶ面は少ない。目的はどんなデザインがあるかだ。  器用に片手でページを捲りながら、今作っているものが終わったら何を作ろう。そんなことを考えていた。  雑多な電車の中は暖房と人の熱で暖かい。だからこそ気が緩み、学校が終わった解放感との相乗効果か学ランを着た男の子二人が比較的大きな声で喋っているのが聞こえてきた。  普段ならば自分の世界に没入している間は他人の声など気にはならないのだが、彼らの会話に出てきた単語に覚えがあり思わず耳を傾けてしまう。 「あと一週間だな!」 「セルだろ? メシカの。本当に高いよなぁ。俺達高校生には手が届かないって」 「俺んちは兄貴が予約してるから今度やらせてもらうんだ」 「まじかよ、いいなぁ。今度感想聞かせてな」 「おー」  メシカ。彼の父親が勤める会社だ。多岐にわたる事業に手を伸ばす大きな企業だが、男子高校生の二人が話していたセルというのは家庭用ゲーム機。メシカが初めてゲーム業界に進出したことも話題の一つだが、大きな理由はそこではない。 「VRゲームが確立したばっかりで実現型MMORPGだもんな」  実現型。メシカが作り特許を取った、ゲームの世界を視覚に反映させるバーチャルリアリティのさらに先を行くシステム。視覚以外の五感にも作用を及ぼし完全にその世界を実現する。さながら異世界を体感できるということでDifferent Reality(異なる現実)、DR技術を駆使した唯一無二のゲーム、それこそが家庭用ゲーム機セルに内蔵された『コロニー』というゲームだ。ゲーマーならもちろんのこと、老若男女問わず話題の的になっており、見上げれば天井からぶら下がる広告にも大きく載っている。  少し周りに耳を傾ければ至るところからコロニーやセルと言った単語が挙がっている。事実上初となる異世界体験だ、話題になって当然だと彼は思う。
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