第0季 ~失踪~

3/13
前へ
/99ページ
次へ
 思うがしかし、彼にはあまり興味がない。彼の趣味は編み物で、好きなものは家族。物心つく前から母親はおらず、男手一人で二人の子供を育て、さらに増えた新しい二人の家族をも養うために働き、家に帰れば笑顔を向けてくれる父親を好みこそすれ嫌うことはあり得ない。弟は父をあまり好いていないが、それも今は反抗期なのだろうと解釈している。  家からの最寄り駅に到着し、雑誌を鞄に放り込み人混みを抜けて車外へ出る。即座に襲う冷気に肩を竦め、コートの衿を立てて少しでも外気を遮断しながら家へ向かう。 「そういえば、帰りに甘いもの買って帰ってくれって、紅葉が言っていたな」  途中でコンビニに寄り、他の弟妹の分も含めて三つでワンセットのプリンを購入。丁寧な態度で接するバイトの店員に小さく頭を下げて再び家路に。彼の家は周りの家々に比べれば少々大きい。敷地も然ることながら、三階建てという一軒家はあまりない。他の家を挟みながらも屋根が見える。 「あら、氷河くん。おかえりなさい」  近所に住むおばさん達が井戸端会議をしていたようで、彼に気づいた一人が声をかけた。他の二人も同じように挨拶し、彼も小さく会釈する。 「今年は海斗くんと紅葉ちゃんが受験生よね? 調子はどう?」  心配三割、好奇心七割。そんな印象を受けながらも悪い人達ではないことは知っているので素直に答える。 「紅葉は推薦で公立に決まってます」  わあ、と沸き上がるご婦人達。 「海斗は……どうでしょう。本人曰くあまり自信はないそうですが」  あらあ、と声を落とす三人。 「身内贔屓かもしれませんが、海斗の学力なら問題ないとは思ってますけど」  再び湧くエンドレススピーカー。 「おばちゃん達応援してるからね!」 「二人によろしくね!」 「お父さんと桜香ちゃんにもね!」 「お父さんと言えば何とかってゲームが凄い盛り上がってたわね」 「そうそう。うちの子も随分欲しがってたけど、流石にねえ」 「ちょっと手が出せないわよねえ」  早速話題が次に移り始めたので小さく頭を下げてさっさと立ち去る。本格的に受け答えをしていては一時間やそこらでは終わらないことは井戸端会議組含めて皆知っていることだ。だからこそさっさと抜けても問題はない。話題のネタという理由が大きくはあるだろうが、大事な弟妹を気にかけてもらえていることには素直に感謝する。
/99ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加