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夕焼けというには暗くなりすぎた道路を歩き、辿り着いた大きな我が家。大理石を彫って記された式織(しきおり)の表札を一瞥してから彼――式織氷河は門をくぐった。
掃除の行き届いた玄関を通り、外気を遮断してだいぶましになり氷河は一息吐いて靴を脱ぐ。玄関土間を上がってすぐの居間に入ると、暖房で暖かい大きな居間の中央に設置された長い炬燵で寛ぐ妹二人の背中が目についた。
クッションに下ろした腰を越えて床に届く薄い黒髪が振り返り柔らかい笑顔を浮かべて口を開く。
「おかえり、氷河くん」
「……おかえり」
笑顔の姉の横にちんまりと座り、背後の兄を見ることなく卓に顎を乗せた赤みがかった黒いショートボブの妹はテレビをじっと見ている。
血の繋がった大きな妹と血の繋がらない小さな妹の真逆な反応に頷き、大きな妹が氷河の手に下がるコンビニの袋に気付く。
「氷河くん、それは?」
「紅葉に頼まれていたプリン。三つあるから海斗と合わせて三人で食べてね」
「……ん」
「ありがとう」
感謝らしからぬ返事を含めて感謝と捉え、氷河は早く炬燵に入りたい衝動を抑えて冷蔵庫にプリンを入れに行く。
「おかえりなさい、氷河さん」
台所で料理をしていた女性が氷河を見て微笑む。
「今夜は大雅さんも早いそうだからシチューにしてみました。寒かったでしょう。味見でもして温まってください」
冷蔵庫にプリンを仕舞い、差し出された小皿を受け取る。温かい湯気が上がるそれに息を吹きかけてから口に運ぶ。
「あちっ」
「あはは、氷河さん猫舌ですもんね」
「う……ん、でも美味しい。今日はよく冷えるし、シチューはみんなも喜ぶと思います」
「よかった。後は適当に付け合わせ作ったら今日はお暇(いとま)します」
「一緒にどうですか?」
長いこと世話になっていることもあり、一緒に食事を摂ることもある家政婦の岡田に世辞抜きでそう言うも岡田は首を横に振る。
「せっかく大雅さんもいるんですし、家族水入らずでゆっくりしてください。海斗くんなんか今デリケートな時期なんだから、フォローしてあげるんですよ?」
「海斗がデリケート……」
「言いたいことはわからないでもないですけど……」
苦笑いする岡田の反応に氷河も視線を逸らす。思うところは同じだが、しかし先に入試を体験した者として頷いておくことにした。
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