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「え……ごめん、何?」
私はまだ寝ぼけ眼の目を擦りながら、落ちた鞄を拾い上げた。
怖い夢を見ていた気がする。誰かに連れていかれる夢……いや、逃げている夢だったか。
「だから、約束のこと」
奥森くんは、少し苛立ったように答えた。
夕日を受けて橙に染まる、彼の長いまつ毛をじっと見つめた。こうして彼の顔を見るのは本当に久しぶりで、私は会話もそっちのけで、その細くて切れ長の目をぼんやりと見返していた。
「約束……何かしたっけ」
「だから、結婚」
は? と、私は思わず声を上げた。
一瞬の間が落ちる。
……あの。
結婚って、男性は十八歳からだから、あなたはまだひとつ歳が足りないはずなんだけど。
そもそも私たち、付き合ってもないんだけど。
二年生になりクラスが一緒になって、たった今久々に話したくらいの間柄なんだけど。
突拍子の無い話にそう反論できずにいると、不意に後ろのドアがガラリと開いた。
「美月! 帰ろ……」
沙良は何かを察したように、オーボエの箱を抱えたままその場に固まった。
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