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そう言うと、ほんの少しの時間、彼女は俯いて、それから立ち上がった。その時の顔は、もうキャリアウーマンの顔だった。
「安心して。こんな個人的な用事ではもう来ないわ」
「え、ああ……」
妙にさばさばした口調に、僕はあっけにとられた。
「もしまた偶然ばったり会っても、その時は笑顔で『藤木さん』って言うわ。彼女とお幸せに……結婚は、するの?」
「どうかな、彼女もまだ若いし……」
正直な事を言えば、
「君との結婚は失敗したと思ってたから、もうこりごりと思ってたけど、君の謝罪を聞いて、またしてもいいなと思えて来た」
今度はもっとちゃんと心も触れ合えるようにしようと。
彼女はふっと微笑んだ。
「なら勇気を出してきてよかった。恥は掻き捨てね」
彼女がドアへ向かう、その颯爽とした背中は、僕が知る自信に満ちた彼女の姿だった。
「あら」
ドアを開けた淳美は呟いた。
僕はその背後から覗いた、数人の女子社員と新垣と田代の後ろ姿が見えた。
……聞こえてはいないだろうが、立ち聞き、か?
***
少しの残業をしてから家路に着いた。
マンションは高台にある、その坂道を少し清々しい気持ちで歩いていた。
淳美が全てを告白してくれ、僕の心のどこかにあったしこりのようなものが消えていた。
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