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「……昔のお嬢さんを見ているようだ」
「え! 私、あんなに甘ったれで我が儘で気が強くないわよ」
「小説も書けるイケメンな医者を目指している辺りとか、ね」
クスクスと笑うと、お嬢さんは懐かしそうに縁側に腰を下ろした。
「此処まで来るのに、長かったなぁー…」
「……お嬢さんは毎日、忙しく楽しそうに生きていましたからね」
そう言うと、未だに少し苦いお茶を出してくれながら、言った。
「先生が居てくれたからよ」
と。
「いや、意地でも先生のそばから離れなかったからだわ」
そう言うと、満足そうに苦いお茶を飲み干した。
「先生、今日はバカ息子も居ないし、飲んじゃいましょう!」
「良いですねー」
台所へ急いで行き、お酒を準備し始めた。……まだ昼過ぎなのに。
「先生、つまみは何が良いー?」
忙しなく、棚や冷蔵庫を開けながら聞いてきた。
僕はゆっくり、空を仰ぐ。
つまみの返答ではなく、今も毎日浮かぶ月のように。
静かに焦がれる月のように。
「今日も月が、綺麗ですね」
そう言うとお嬢さんは昔と変わらない、鈴が転がるような可愛い声で少女のように笑った。
終
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