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言葉なんて、いらない。
あなたのそばに居たい。
「何してるんだい?」
初めて声をかけてくれたのは、先生からだった。
裾が泥まみれの振袖に、足袋は1つ脱げた姿で河原にうずくまる私を、覗き込むように心配してくれた。
「両親が料亭でご飯というから、着飾ったんです」
私はこの人を知っていた。
変わり者の小説家で、御屋敷に1人で住む31歳のおっさんだ。
いつも髪はボサボサで、甚平もよれよれで、メガネは牛乳ビンみたいに重そうな、人。
「そうしたら、只のお見合い! し、か、も、女は学は要らない、大学に入らずすぐに結婚しろですって。水ぶっかけて逃げてきたけど、お父様はかんかんだろうし。女って何て生きにくいのかしら」
先生はふむふむと手で顎をさすりながら、話を聞いてくれた。
「うちに、来るかい?」
「はい?」
「家政婦、してくれたら、僕が学費を出してあげるよ」
「え?」
「君みたいなハイカラなお嬢さんが、未婚の男の家に通えば見合いの話は無くなるだろう」
世間体が悪いしね、と無表情で呟く。
「あ、でも更に生きにくくなるかもねぇ。いき遅れるよ」
牛乳ビンのようなメガネを外し、甚平で拭きながら他人事のように呟やいた。
「住み込みなら、よくってよ」
私はニヤリと笑ってやった。
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