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夫がいきなり会社を辞めると言い出した。
「ほら、俺って、人に命令されたりだとか、組織の枠にとらわれたりすんの苦手じゃん?」
さも当然のように言う夫のユウくん。頭がくらくらしてきた。
「もー、辞めてどうするの?」
「カフェを開きたいんだ。海辺の小さな町でさ、良いだろ? 昔からの夢だったんだ」
確かに、昔からコーヒーが好きだって言ってたけどさあ......
そんなやりとりから一週間。
あたしは決意する。あの時はうやむやに会話が終わってしまったけど、今日こそガツンと言ってやるんだって!
そして夜7時すぎ。
カギをガチャガチャする気配で、あたしはユウくんの帰宅を察知した。玄関に向かう。
「ただいまー」
よし、言ってやる。言ってやるぞ!
いや、いきなり言うのはちょっとアレだ。まずは軽いジャブ。
「おかえりなさい、ユウくん! ご飯にする? お風呂にする? それともあ・た・し?」
しかしユウくんは、あたしの渾身のギャグを受け流す。
「とりあえず飯かな......腹減ったよミキティー」
ユウくんはそう言ってリビングに向かう。
あたしは何となくモヤモヤした気持ちで冷蔵庫を開ける。
中には茹でて冷やした素麺が入っている。そのちょっと固くなっている部分を水で戻す。水の中で白く光る素麺。
結婚祝いに貰った大きなおお皿に麺を盛り付けると、冷蔵庫からシソを取り出した。
「ねえ知ってる? シソと大葉って同じものなんだよ」
「ふーん、なんで同じものなのに名前が違うんだろう」
ユウくんが首を傾げる。
「さあ? 気分じゃない?」
「俺がミキティーのことママとかお母さんじゃなくてミキティーって呼ぶようなもんか」
ユウくんが笑う。
そう。あたしはママなのだ。普通なら、旦那さんにもそう呼ばれるんだろう。
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