環状線のエロス

6/33
前へ
/33ページ
次へ
「すみません」  ノルマは軽く頭を下げ、キャリーバッグを浮かせ、車内に押し込んだ。グイグイと硬いバッグを乗客たちの下半身に押しつけている。 「痛ぁい!」 「なにすんの!」  乗客が叫び声を上げ、発車のベルが鳴り始めた。 「すみません」  客の顔を見ないようにしてバッグを無理やり押し込み、ノルマも左半身だけ乗り込んだ。 「やめてよ、足が痛い!」 「おまえ、ふざけんなよ!」  乗客たちが叫ぶなか、ドアが閉まり、ノルマの左胸と背中をガチンと挟んだ。痛みにノルマはやや顔を歪めるが、声は出さなかった。  一瞬ドアが開いたので、ノルマが車内に右半身を引っ込めると同時にドアが閉まった。ノルマの黒いスーツの右袖を挟んだまま列車がゆっくりと動き出した。
/33ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加