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「あ、雪!……初雪よ、あなた」
志乃が、高科のコートの袖口を引いた。
蜜柑色の斜光が、遊歩道に長く伸びた二人の影を、ぼんやりと縁取る。
今にも消えそうなそれを目で追っていた高科は、
志乃の弾んだ声に、初めて顔を上げた。
宙に手のひらをかざして、志乃が少女のように微笑んでいる。
見上げた薄墨の夕闇には、
冷たい空気を包み込むようにふわりふわりと降りてくる、白い花。
この冬最初の、牡丹雪。
「綺麗。ひとつひとつが、ふわり、ふわり、ゆっくり、
地面までの旅行を楽しんでるみたい。
昔の人は粋な呼び名を付けるわよね、雪に『牡丹』なんて」
天高くから舞い降りるこの冬の兆しに、
なぜいつも自分より先に気づくのだろうか、
自分よりもずっと背の低いはずの、この妻は。
自分がいつも足元ばかりを見て歩くのが原因か、と、高科はひとり苦笑した。
志乃はいつも、周りを見回しながら嬉々として歩く。
傍にいる高科が注意してやらなければ、いつも躓いたり、転んだり。
いくら転んでも、一向に足元に注意する気配がないから、
長く一緒に暮らすうちに、いつのまにか高科が足元担当になってしまったのだ。
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